
デザインスプリントを始める前に
現在、SPRINTファシリテーターとしてさまざまな企業のファシリテーターをされている冨田直子さんに、これからデザインスプリントをやってみようと考えられている事業開発リーダー向けに、事業開発においておさえるべきポイントについてお聞きしました。
◆デザインスプリントとデザイン思考で違う点はどこですか?
顧客への「共感」から始めない、という点です。スプリントは、仮説検証を繰り返して精度をあげていく開発手法です。
そのため、開発のスタートは「仮説」をベースにプロトタイプを作り、それを見た顧客の声をもって検証するというところからはじまります。
1クール11のステップで構成されるスプリントの中で、顧客の声を聞くのは最後のステップになります。最初に顧客の声を聞いてしまうと、開発の初期段階で迷ってしまい、なかなか仮説を立てることができないからです。
スプリントでは、チームメンバーの頭の中にある仮説から、まずは簡単なプロトタイプを作り、それをお客様に見せるところから開発をスタートします。故ステーヴ・ジョブスの言う「顧客は、実際にものを見ない限り、何がほしいかわからない」という前提に立ち、まずは何か「モノ」を見てもらうところからはじめるのです。
このときのプロトタイプは、デザイン思考でイメージされる精緻なプロトタイプよりもずっと簡単な、コンセプトレベルのものとなります。パワーポイント1枚で説明できるような簡単なイラストです。この簡単なイラストを作って、「顧客からの第一声を聴くこと」が初回のスプリントの目的となります。
よって、初回のスプリントこそ、さっさと進め、早く開発のスタートラインに立つことが肝要です。そして、同じようにこの「さっさと進めるスプリント」を、何度も繰り返していくことで、スピーディーに開発を進めていくのが、デザインスプリントのポイントです。
このベースを理解していると、デザイン思考とは異なる、スプリントの様々な手法の意義が見えてきます。
まず初回、早く開発のスタートラインに立つためには、GOを出す意思決定がもっとも重要です。よってスプリントで最重要となることは、意思決定者およびチームメンバーに、スプリント期間中のスケジュールを確実に押さえていただくことになります。また、スピードを重視するため、アイデアの発散と収束のプロセスも、時間制限をもって行います。加えて、意思決定を速やかに行えるように工夫された、投票ルールも存在します。また、制限時間内に確実にプロトタイプを完成させ、顧客の声を聞くところまで一気にプロセスを進めることができるよう、ファシリテーターを介在させることも必須要件となっています。
このように、スプリントは、チームで素早く仮説検証を繰り返していくことにフォーカスした具体的「手法」の集合体であり、いわゆるデザイン思考という言葉にあるような「思考法」ではありません。そして同時に、「共感」からはじめるデザイン思考とは異なり、「顧客の声を聞くのは、仮説を立てたあと」という順番を取るという点においても、その根本思想が異なるアプローチとなります。
スプリントを1回まわせば、立てた仮説があっていたか間違っていたかを検証できる有用な顧客の声を手にすることができます。商品コンセプトに対する顧客の声をスピーディーに取得し、着実に前に進んでいく。それがスプリントを回すたびに得られる手ごたえです。
◆スプリントで失敗しないために押さえるべきポイントは?
意思決定者を含むスプリント参加者が明確に洗い出されており、その方々が初回のスプリントでまず仮説を作り、そこから何度もスプリントを回し、スピーディーに開発を進めることが大切であるという、スプリントの本質を理解していることです。
この理解があることで、参加者全員が、スプリント期間中のスケジュールを確実に抑えて下さるようになります。本気で事業開発を進めたいと思えば思うほど、他の予定をキャンセルしてまで、スプリントにコミット下さります。
このコミットがあってはじめて、スプリントは成功します。
また、このコミットがなければ、残念ながらスプリントは失敗します。
◆まず何から始めれば良いですか?
スプリントに参加してもらうメンバーを集め、専門家を招いてスプリントの意義や目的を学ぶ勉強会を開催し、スプリントに対する共通認識を参加者全員が持って同じスタートラインに立つことです。
◆スプリントのファシリテーションをやってみようと思う事業開発リーダーに一言。
人生、時間だけは有限です。思い悩むより、まずはスプリントを回す。そうすれば、実施するたびに着実に前に進んでいる手ごたえを得られます。たとえ、お客様から仮説を否定されるような声が出たとしても、その仮説は間違っていた、よって選択肢が一つ消えた、次に心置きなく進めるという大きな前進を手に入れられます。
思い悩む時間はもったいない。
人生の大切な時間を、ゆとりある豊かなものにするためにも、スプリントが使える場面ではどんどん使っていく。
そんな仲間になりませんか?