内発性とデザインスプリント
現在、SPRINTファシリテーターとしてさまざまな企業のファシリテーターをされている冨田直子さんに、
これからデザインスプリントをやってみようと考えられている事業開発リーダー向けに、事業推進においておさえるべきポイントについてお聞きしました。
◆内発性こそが事業創造のカギ
私はこれまで「内発性」をいかに発揮できるかに気を配りながら、様々な事業創造プログラムやワークショップをデザインしてきました。
「とにかく好き」「心の底からやりたい」「何かに突き動かされるように」「これは自分の使命だ」… そんな想いこそが、よりよき未来を創造することを知っています。そして、これを読んでいる読者の皆様の中にも、そんな熱き想いが眠っているかもしれません。
内閣府、知的財産戦略推進事務局が2019年6月にまとめたレポート「価値共創タスクフォース報告書 概要:ワタシから始めるオープンイノベーション」では、日本になぜ、社会にインパクトを与えるようなオープンイノベーションの事例が少ないのかを分析しています。
そして理由として2つのことを挙げています。
一つ目は、「⽬的・ミッションが不明確」であること。二つ目は、「⾃発性や思いが⽋如」していること。
まさにこのレポートでは、人々の内発性が足りないゆえに日本ではイノベーションが起こりにくいと指摘し、レポートの後半では、内発的動機に基づいていかにイノベーションを主体的な取り組みに変⾰するか、その具体的な方法を示しています。
どんなにすぐれたビジネスモデルであっても、また、どんなにおもしろいと思えるビジネスアイデアであっても、そこにリーダーやメンバーの強い内発性がない限り、なかなか先には進みません。たとえ責任感の強い人によって事業が一時的に立ち上がったとしても、継続するのは至難の業です。多くの事業の失敗は、事業開発にはつきものの困難を乗り越えられないことで起こります。そしてその困難は、新規事業に携わる人の「決してあきらめない心」、すなわち強い内発性なくしては克服できません。内発性こそが知恵を生み、人々を巻き込む力となり、事業を前に進めます。
イノベーションに求められる内発性の重要性は、今後もますます注目されていくでしょう。
さて、そのような中でデザインスプリントは内発性をどのように扱っているのでしょうか。
実は、デザインスプリントは内発性、言い換えれば「想い」や「情熱」からは少し距離を置いている手法です。デザインスプリントは事業開発をロジカルに、スピーディーに進めるための方法論です。いわゆるウェットな感情には触れず、デザイン思考の最初のステップとなる「共感」フェーズも、デザインスプリントにはありません。
では、想いや情熱といった内発性を大切にする私が、どうしてデザインスプリントのファシリテーターになったのでしょうか。
以下、2つの理由を挙げながら、内発性とデザインスプリントについてお伝えしてみたいと思います。
◆デザインスプリントは、内発性を育んでくれる
企業にお勤めの場合、突如として新規事業を開発するようにと言われることがあります。そのようなとき、あなたならどうしますか。
私は、デザインスプリントとは別に、自身の内側からやりたいこと、ワクワクすることを取り出して新規事業を組み立てる、「想い」にフォーカスしたワークショップもやっています。
しかし、企業において突然の人事異動で新規事業開発の担当者となった場合には、上からのお題がある場合がほとんどです。
自分がやりたいことはそっちのけに、自分の興味がない事業を考えなくてはならない状況に陥ります。
想いからスタートしていない場合、はじめの一歩がわからず、多くの方が様々な手法を試しては、次の手法を探すという、手法ジプシーになりがちです。
セミナーに通い、ワークショップを受け、しかし一向に事業が立ち上がらない。何度も振り出しに戻るのは、起点となる想い、すなわち内発的動機がないからです。
そんなときに大切になるのは、実際の「顧客候補」に触れてみるという体験です。
それも、デザインスプリントで得られるのは、「簡易なプロトタイプを作ってからお客様の声を聞く」という、デザインスプリントならではのプロセスを踏んだ、お客様からの「具体的」でかつ「実用的」な反応です。
たとえ簡易なものであっても、実際にモノ(プロトタイプ)を見たからこそ出せる反応は、お客様から手探りでニーズを聞き出そうとして得られる反応とは臨場感が違います。
こうしてスプリントを何度か回し、何度かお客様の声を聞くようになると、「世の中には、こんな悩みを持った人がいるのか」、「こういうものを欲しているのか」、ということが具体性を持って少しずつ見えるようになってきます。
そうすると、自分の内側から、あんなことも、こんなこともやってお客様の状況を好転させたいという想いもまた、芽生えやすくなっていきます。
人は、モノにしても、コトにしても、人にしても、その対象と接する回数が多くなればなるほど、愛着が湧くといいます。
スプリントを何度も回すということは、その商品やサービスを必要とするお客様の状況を何度も考え、お客様への想いを強くしていくということです。
そして、スプリントを回した回数だけ、お客様からの具体的な声を得られ、商品・サービスは改善されていきます。
これを踏まえてもう一度「内発性」について考えてみると、スプリントは、一見、ロジカルな機械装置のように見えて、実は、「想いや情熱といった内発的動機を、醸成する装置」とも捉えることができます。
つまり、私がデザインスプリントのファシリテーターになった一つめの理由は、想いがない状態で事業開発担当者になった方に、デザインスプリントを通じて、想いを見つけていっていただきたいと思うからです。
スタンフォード大学の神経科学者、アンドリュー・ヒューバーマンは言います。
「信念が、私たちの行動を変えるのではなく、行動が信念を変えるのだ」と。
デザインスプリントに踏み出せば、行動の連続です。
それもやみくもにではなく、実績のある成果が出るフレームワークに沿って何度も何度も考え、用意した仮説を、お客様の前で何度も検証するという行動に出ることができます。
行動の中でこそ育まれる内発性――
それを体験いただけるのが、デザインスプリントだと思うのです。
◆デザインスプリントは、内発性をコントロールしてくれる
私がデザインスプリントのファシリテーターになったもう一つの理由、それは、内発性がある方にこそ、デザインスプリントが役立つと思うからです。
デザインスプリントは、想いや情熱があるからこそ陥る「思い込み」という落とし穴を、最小限にしてくれます。
これを読んでいる方は、もしかすると自分で志願して、新規事業開発部に来た方かもしれません。そんな方の中には、なにかやりたいことがある、変えたい社会がある、思いついてしまった最高のアイデアがあるかもしれません。
私はその方々に大変共感します。
なぜなら、私はどちらかというと内発性が強い人間だからです。
そして、思い込みで突っ走り、ふたを開けてみればお客様に見向きもされずに途方に暮れるという体験を何度もしました。
これは私に限ったことではなく、想いが強い人はよく体験する話だと聞きます。そして実際、そんな事例も枚挙にいとまがありません。
だからこそ、内発性が強い人に向け、ときにクールダウンのために必要となるのがデザインスプリントです。
自分の想い、自分たちのチームの想いが、お客様の想いとどのくらい合っているのか、またはずれているのかを、簡易なプロトタイプを早い段階で作り、意見を聞くことで、冷静に確認するのです。
デザインスプリントの最終ステップにある「顧客インタビュー」では、インタビュー役の人が淡々とインタビューを進めます。
インタビューには定型のスクリプトがあり、プロトタイプとなる商品やサービス固有の内容を、穴埋め方式で空欄に入れていくことで、スクリプトを完成させます。
投げかける問いは、「てにをは」まで決まっています。
これは、複数のお客様候補にまったく同じ質問を投げることで、仮説の検証を正しく行えるようにするためのノウハウです。
つまり、デザインスプリントで唯一、お客様と接するインタビューに、開発者の「想い」を押し付ける余地はありません。
このように、ロジカルにデザインされたデザインスプリントを活用することで、リーダーやメンバーの思い込みを阻止し、想いをコントロールすることができるようになります。
想いがある人にこそ、それを、世に出せる形にしていただきたいから、私はデザインスプリントを勧めます。
お客様の想いと、開発者の想いが重なり合った商品・サービスほど強いものはありません。それを、デザインスプリントを通じて、見つけていっていただきたい。
内発性が強い読者の方は、それををコントロールするツールとして、是非、デザインスプリントを使ってみませんか。