「iPhoneは、天才スティーブ・ジョブズ氏の偉大な発明」のウソ
「iPhoneは、天才スティーブ・ジョブズ氏の偉大な発明」のウソ
初代iPhoneって、ボロボロのガラクタ製品だったことを知っている日本人は少ないでしょう。
なぜなら、日本では市販されなかったからです。
しかし、iPhoneが世に生まれた2007年、新しいケータイ電話OSの新規事業開発にかかわっていた私は、わざわざ米国に出張してこれを購入したので、これがいかにろくでもない代物だったか、よく覚えています。
「iPhoneは天才スティーブ・ジョブズ氏がある日素晴らしいひらめき、天啓を得て、いきなり世に生み出したものだ」
この「企業を壊す誤解」を、YコンビネーターのもとCEOマイケル・サイベル氏は「フェイク・スティーブ・ジョブズ伝説」と名付けています。
この大誤解を「真説」として自著「経営改革大全 企業を壊す100の誤解」(日本経済新聞出版刊)の中で堂々と述べている(笑)ハズい経営学者が、名和高司氏です。
この本から、大誤解を読者にとうとうと説く、こちらの頬が赤くなる一節を引きます。
「(リーンスタートアップが生み出す)あまりにも安易な試作品(MVP)が世の中に出回り、「がらくた市」状態になってしまったからだ。(中略)MVPなどといういい加減な商品を出すこと自体、アップルにとっては自殺行為に等しい。
(中略)思いつきの「0→1」は粗大ゴミでしかない。「1→n」に成長する見込みのある1をはじめから目指すべきだ。大化けする1を狙わない限り、初めから失敗が見えているというのである。」
さて、氏はiPhoneを意識してこの一節を書いているので、史実に基づいて、徹底的に論破していきます。
事実1. 2007年に出た初代iPhoneは、「ガラクタの安易な試作品(MVP)」だった
私が記憶する限りで、初代iPhoneの欠点をすべて列挙します。
- 当時ですら標準装備だった3Gの電波を送受信できない(!)
2.5Gと言われたEDGEのみ送受信可能でした。すなわち、iPhoneデビュー時の有名なジョブズ氏のプレゼンの中の「サクサクできるネットサーフィン」は、実は真っ赤なウソでした。3Gですら、重めのページはサクサクのサぐらいの速度でしか読み込めないことを、私は最近、富士山ろくで実証実験で確かめたことがあります。 - AppStoreがない
当時のiPhone iOSの上に載っていたのは、横にスクロールしないで(確か、そんな機能なかった)表示しきれる数の、
Appleプロプラエタリ(独自)なアプリのみ。ごちゃごちゃしたガラケーに慣れていた私は「あ、めちゃめちゃシンプル」と逆の意味でカッコイイと思ったものです。 - 動画撮影ができない
ガラケーも既存のスマホも、当時、余裕でできてました、これ。 - GPSがない
なんと、自身の位置は、精度の悪いWi-Fiでしか割り出せませんでした。まあ、当時はだれもiPhoneで位置情報なんて得たくなかったかもですが。 - バッテリーがもたない
当時のiPhoneは、ちょっと使い込んでしまうと、バッテリーが一日フルにはもたなかったのです……。 - ガラスがすぐ割れる
- 分厚く重いくせに画面が狭い
- メモリもハードディスクも、圧倒的に少ない
さて、名和センセ、あなたこの初代iPhoneの、当時の基準からしても常識外れのボロボロっぷりを知って「MVPなどといういい加減な商品を出すこと自体、アップルにとっては自殺行為に等しい」とか、まだ偉そうに のたまえますかね?
事実2. Apple初の音楽ケータイはiPhoneではなかった
さてさて、まだまだ話は続きます。実はiPhoneって、Appleが世に出した最初の音楽ケータイじゃないんだな、これが。
Apple最初の音楽ケータイは、みなさんご存じ(?)モトローラ ROKR E1でした。
これはその当時Appleの部品ベンダーであったモトローラから提案されたもので、モトローラの既存の端末にiPodのソフトを載せた、それこそ「安易」としか言いようのない端末でした。
この端末、リリースの前からWIREDマガジンなどメディアに「はあ?これが未来の端末?(笑)」と徹底的にこき下ろされて、「すべてのケータイ電話はゴミだ、オレは大嫌いだ」と激高し叫んだスティーブ・ジョブズ氏は、なんと、iPod miniの出荷日をROKR E1のそれにぶつけ、デマーケティングしてしまいます。
ROKR E1は当然のごとく大失敗して、モトローラとシンギュラー・ワイヤレスがAppleに大いに文句をいうというスキャンダルに発展。このプロジェクトの最大の問題点は、同社の本来の強みであった、誠に強力なAppleの官能的なデザイン、それに伴うブランドが、一切生かされなかったというところでした。
出典:CIOニュースレター” Collaboration Gone Bad: Lessons to Learn from the Rokr Phone”
事実3. iPhoneを発明したのはスティーブ・ジョブズ氏ではなかった
プンプンしていたジョブズ氏のところに、ある日、これも、それを造るためにAppleに呼ばれたはずのニュートンが生産中止になって鬱屈していたエンジニアが、「マルチタッチスクリーンの電話を野良開発したんだけど、見て頂けませんか?」と恐る恐る見せたのが、iPhoneのプロトタイプでした。
このとき、スティーブ・ジョブズ氏は「なんだ、こりゃ?」と眉をしかめます。(原文は “He (Steve) was completely unimpressed, He didn’t see that there was any value to the idea.”)
ジョブズ氏はその場では微妙な表情のままで、いったんその筐体を自室に持って帰ったそうです。
そして2,3日して、エンジニアたちのところに現れ、出した指示が「君たちの開発日誌を書き換えなさい」でした。
どういうことかって?なんと、「この端末はAppleから出すから、いいか、これは君らじゃなく、このオレの発明だと記録を書き換えとけ」という意味だったのです!そうして誕生したのが初代iPhoneです。
つまり、「iPhoneは天才スティーブ・ジョブズ氏が天啓を得て……」というのは純度100%のデマなのです。
- Appleは、最初の音楽ケータイで、ブランドを毀損しかねない大失敗を喫した
- iPhoneはROKR E1の失敗からのピボット(事業転換)先として選ばれた
- しかも、iPhoneを発明したのは、そもそもジョブズ氏ではなかった
- そうしてえらい苦労して誕生した初代iPhoneも、しかし、その当時の基準に照らしてすら、ボロボロのガラクタだった(だからMicrosoft社長スティーブ・バルマー氏に「こんなガラクタスマホがこんな高額で売れるかよ」とTVで嘲笑された)
ではなぜ、あなたの手元にあるiPhone 14はそんなにまで美しいのか?Appleが、とうてい大企業とは思えない、実に地味な努力でコツコツと磨き上げてきたからです。
ハードウエアはほぼ毎年新しいものを出す。
iOSは、ときどき副作用で使いにくくなってしまうものの、年がら年中アップデートする。
すなわち、顧客の声を聴きながら、iPhoneの完成度を高めてきたのです。
つまり、iPhoneを生み出すまで、Appleは、リーンスタートアップを実行するスタートアップのような軌跡を辿っています。
リーンスタートアップとデザインスプリント
一つの事業アイデアを信じて世に出してみたが大失敗、アイデアをいったん葬り去る
→ピボット(事業転換)
→新しいプロダクト/サービスのMVPを、やっつけでもいいからと、最短時間でとにかく出して市場の声をうかがう
→顧客の声を聴きながら、コツコツ改善(イテレーション)
ここまでの逸話で私が指摘したいのは、デザインスプリントでいくら納得のいく、スジが良いと思われるビジネスアイデアが創出できたとしても、それは十中八九 大したことがない、後に必ず書き換えられる運命にあるという圧倒的な事実です。
「「1→n」に成長する見込みのある1をはじめから目指すべき」などという、実際は新規事業開発をリーンでやったことのない、お偉い学者さんの「真説」、実は妄言を、あなたは信じるべきではないのです。
この妄言、天才フェイク・スティーブ・ジョブズ氏マンセーで、最近ブランドを毀損しかねない大失敗を喫したのが、バルミューダフォンを生み出したバルミューダの寺尾社長です。
寺尾社長はちょっと滑稽なほどiPhoneを気取った感じで、バルミューダフォンを自信満々に創造し給い……まったく消費者に評価されず、ソフトバンクに売れ残った在庫を積み上げ、2世代目の開発中止を宣言したばかりです。
<有名なピボットの事例>
- Youtuberという新しい職業まで生み出してしまったYouTubeは、誕生時、「あたしこんなにかわいいのよ~」と動画でアピする、出会い系サイトだったってご存じですか?
- GoProは、もともと、創業者が自分のガールフレンドと、資本金$35,000+母親から借りたミシンで始めた「サーファー用カメラストラップ」を製造販売する、しょぼい会社だったってご存じですか?
- 今や「スペースXの株を持ってないVCは論外」とすら言われる、スペースXの最初の事業プランは、「ネズミのつがいを何組も餌と一緒にロケットに乗せて火星に向けて撃ち出し、なん十世代目かのネズミに、火星で繁殖してもらう」という、正気とも思えない実験プロジェクトだったのはご存じですか?
最初の事業アイデアは、十中八九、大したことがない、といわれて、あなたはカチンときたかもしれません。
しかし、これを言い出したのは私ではなく、スペースXの生みの親、天才事業家イーロン・マスク氏です。
「起業家はまずアイデアからスタートするが、これはたいてい間違っている(下線は引用者)。起業家はそのアイデアを最適化adaptし、ずっと磨き上げrefineし続け、批判に耳を傾けるのだ」
使っている動詞こそ異なりますが、これはピボットとイテレーションのことを語っているのにほかなりません。
テスラも、とうの昔に、EVメーカーなどではなくなっています。単なるEVメーカーなら発充電器を売ったり、テスラボットを開発したりするはずがありません。
EVだけでは早晩行き詰まると、最初から確信犯的にマスク氏がこのadaptionとrefinementを常時行ってきた結果です。
デザインスプリントで得られた初期のビジネスアイデアは、その後の長いピボットとイテレーションの始まりにすぎない、と認識できない企業に、はたして成功の女神は微笑むでしょうか?